西城秀樹は韓国人?妻の槇原美紀は19歳年下?裏話一挙公開!

歌手の西城秀樹さんが、16日、横浜市内の病院で急性心不全のため、亡くなりました。

西城さんは韓国人なのか?

奥様は一回り以上も若いのか?

また、昭和の大スターの数々の裏話を紹介します。

ネット上でも、芸能界だけでなく、多くの方の悲しみの声があふれています。

すごい方、愛された方だったのが、よくわかりました。

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訃報

歌手の西城秀樹さんが、16日午後11時53分、横浜市内の病院で急性心不全のため、亡くなりました。

「YOUNG MAN」や「傷だらけのローラ」などのヒットで知られる歌手の西城秀樹さんが、16日、急性心不全のため亡くなった。63歳だった。

西城さんは2003年と2011年に脳梗塞を患い、リハビリを続けていた。先月25日に体調を崩し、入院していたという。

通夜・告別式は25日、26日に営まれる。

引用;NNN

西城秀樹プロフィール


出典;西城秀樹オフィシャルサイト

本名:木本龍雄(きもとたつお)

生年月日:1955年4月13日

出身地:広島県

身長:181㎝

血液型:AB型

最終学歴:明治大学付属中野高校定時制卒

所属事務所:芸映→アースコーポレーション

家族:妻と3人の子どもの5人暮らし

趣味:モダンアート

好きなこと:水泳、ドラム

韓国人?

かなり、有名な話です。

在日韓国人で西城さんは2世になります。

父親が韓国人で、本名の木本は在日韓国人がよく使う名です。

韓国名は李龍雄というそうです。

実家はパチンコ店だそうです。

広島出身で在日韓国人に、阪神タイガースの金本知憲さんも在日韓国人3世だそうです。

奥様は19歳年下?

西城秀樹さんは、2001年6月30日に、46歳のときに結婚。かなり晩婚ですね。

19歳年下の大阪在住のOL、槇原美紀さんと結婚。

その後、3人の子どもができました。

西城さんの還暦ライブのニュースでテレビに出演したときの画像です。

美男美女で話題になりました。

2002年6月3日に長女莉子ちゃん(15歳)

2003年9月1日に長男新之助君。(14歳)

2004年に次男の悠天君(14歳)

出典;FNN

興味深い逸話(裏話)をいくつか紹介します。

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意外な裏話

西城秀樹の実姉は組長の愛人

秀樹さんら兄弟の腹違いの兄弟らしく、この姉がどうも組長の愛人だったとの噂です。

1977年宅見若頭射殺事件と言って宅見勝氏という若頭をしていた人物の愛人をしてた方が
西城秀樹の実姉として有名だったらしいのです。

『宅見勝が山口組直参となったのは1978年、41歳のときである。直参となる前は福井組の最高幹部を務めていた。

この時代に宅見に愛人ができた。大阪市南区玉置町にあるクラブ「朱雀」でホステスとして働いていた木本絵里子(在日朝鮮人。歌手・西城秀樹の実姉)である。

引用:阿部ブログ

西城秀樹は病気がち?そしてリハビリの達人

1984年(32歳のとき)低髄液圧症候群という病気にかかっています。

一時は面会謝絶になるほど、深刻な病状だったようです。

2003年(48歳のとき)ディナーショー先の韓国済州島のホテルで脳梗塞を発症。

2011年(56歳のとき)2度目の脳梗塞を発症。

このとき、右半身麻痺が残りました。(リハビリの末、再びステージに上がるまで回復)

2013年(58歳のとき)後遺症からか、右目が網膜症、左目が白内障

ただ、西城秀樹さんのすごいところは、不屈の精神でリハビリを続け、前向きに生きてきたことではないでしょうか?

病気やケガで不自由な思いを抱いている人に希望を与え続けた人ですよね。

西城秀樹は12月3日、東京・渋谷のシアターコクーンにて、朗読劇「キミに贈る物語~観て聴いて・心に感じるお話集~」に出演。2度の脳梗塞により、右半身にマヒが残る西城秀樹には、発声などの舞台への影響が心配されました。しかし、力強い声で、見事、高村光太郎作「道程」を朗読、その上、デビュー曲「恋する季節」を含めた4曲を歌い、会場は割れんばかりの拍手と歓声に沸きました。
記者会見にて、西城秀樹は、現在しているリハビリについて「公園を歩く練習をしている」と話したり、1年を振り返り「女房によくしてもらった」などと話している様子からも、どうやらリハビリは順調のようです。

引用;斜め上からこんにちは

昭和の名番組「ザ・ベストテン」最高得点

同世代の郷ひろみさん、野口五郎さんらと、新御三家と呼ばれていました。


出典;Twitter

郷さんはレコード大賞新人賞を獲得し、野口さんは当時最年少での紅白歌合戦出場を決めていました。

西城さんは、昭和の名番組、TBSの「ザベストテン」で最高得点の9999点を獲得。


出典;Twitter

当時、YMCAは人気大爆発だったようです。

ケミカルライトの歴史は西城さん?

コンサート会場で「光るもの」を振る行為が最初に行われたのが、西城さんのコンサートという説があります。


1974年に夜のコンサート会場で懐中電灯を持ってくるよう呼びかけ、ファンの多くが持参したことが始まりで、その後、フィルムを巻いた豆電球なども持参されるようになり、80年代にはケミカルライトが公式の商品として売られるようになった

出典;Jタウンネット

更新情報

追記:25日20:20

西城さんが25日に通夜が行われ、500人近い人が並んでいるとのととです。

西城さんの通夜が営まれている青山葬儀所。
テントの中には、ファンのための献花台が設けられている。

星条旗をイメージした祭壇の前で、ファンの皆さんは、涙ながらに花を手向けていた。

この献花、午後6時から始まったが、午後6時50分現在も列はまだまだ続いていて、500人近い人が並んでいるとみられる。
西城さんの歌を口ずさむ場面もあった。

出典;FNN

追記:27日23:20 アニメ『ちびまる子ちゃん』が追悼

27日にフジテレビ系で放送された人気アニメ『ちびまる子ちゃん』(毎週日曜 後6:00)で、「秀樹さん ありがとう」と、今月16日に急性心不全のため亡くなった歌手の西城秀樹さん(享年63)を追悼した。

引用;ORICON NEWS

原作者のさくらももこ氏が実は大の西城秀樹のファン。

西城さんはアニメ『ちびまる子ちゃん』でエンディングテーマ(「走れ正直者」)を担当していた時期もあった。

この漫画のなかでも、姉のさきこが西城秀樹ファンという設定。

さくらさんも西城さんの死を悲しんだ1人ですね。

ネットの反応

芸能人のTwitter書き込みから

なんと、菅義偉官房長もコメントを述べる。

一般の人の書き込みから


本当に、愛される国民的アイドル、スターでしたね。

本当に残念でなりません。

西城秀樹さんの歌に励まされた方、また、病気と闘う生き方に励まされた方、大勢いると思います。

YMCAの歌詞にある『君も元気出せよ』という歌声が心に今も響く方が多いのではないでしょうか?

ご冥福をお祈りいたします。

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